「効率化」はなぜ危険なのか?

この度、『人生を守るための最後の時間術』というセンセーショナルな題名の本を出しました。


なぜ「人生を守るため」なのか、なぜ「最後」なのかについては、本書をお読みいただきたいのですが、その理由を一つだけ、本書から抜粋する形でここに紹介しておきたいと思います。

それは、なぜ時間管理において「効率化」という考え方が危険なのか?という問題についてです。以下が本書からの抜粋です。

================

忙しいのになかなか成果が出せない、と悩む人の多くが考えるのが「時間の効率化」でしょう。おそらく「最後の時間術」という本書の題名を見て手に取った人のうち、かなりの人はそのようなスキルを本書に期待されていることと思います。

しかし残念ながら、もともと「悪い時間ポートフォリオ」を抱えている人が、いくら時間の効率化を図ったところで、自分の人生を時間泥棒から守ることはできません。理由は実に単純で、効率化によって生み出された時間の余裕の多くは他者の富になるからです。

ここは非常に重要な点なので、よく意識してください。「悪い時間ポートフォリオ」とはつまり、時間の多くを他者の利益のための活動に浪費しているということです。そのようなポートフォリオを持ったまま、効率化を進めたところで自分の「豊かさ」は増えません。

搾取される立場にある奴隷が仕事の効率化をいくらやったところで自由にはなれません。効率化によって得られた富は、すべて奴隷の雇い主のものになるだけです。いささか極端な例えに思われるかも知れませんが、程度問題の比較であって基本的には同じことです。

考えてもみてください。私たちの生活は、多くの領域において、百年前と比較にならないくらい「効率化」されています。かつて8時間かかった東京=大阪間の移動は3時間足らずになり、一週間かかっていた外国の都市との文書のやり取りは、Eメールの普及によって「一瞬」で済むようになりました。

しかし、これだけ「効率化」されたのに、私たちの生活の時間的豊かさは増したでしょうか?ほとんどの人にはそのような実感はないはずです。いやむしろ、効率化が進めば進むほどに、ますます時間がないという実感が増しているのではないでしょうか?なぜこういうことが起こるとかというと、効率化によって達成された生産性の高さは、ごく一部の人、つまり「労働成果を搾取する側」にある人にかすめ取られているからです。


-->
労働成果の大部分を搾取される立場にある人であれば、効率化を考える以前に、そもそも「搾取される立場」からどう脱却するか、搾取する側からいかに搾取し返すか、を考えるために知恵と時間を使うべきであって、目の前の仕事をどう効率化するか、などという問題に取り組んでも自分の豊かさを増やすことはできないのです。

時間ポートフォリオを意識しないままに、いたずらに効率化を図ろうとするのは、搾取の構図を拡大するだけで、むしろ危険なことだと言えます。

================

いかがでしたでしょうか?
興味を持っていただけたのであれば、ぜひ本書を読んでみてください。