Saturday, October 31, 2015

「リベラルアーツを学びたい」という人へ

最近、よく「リベラルアーツを学びたいんですが、何から学んだらいいでしょうか?」という質問を受けます
で、このように質問されると返答にすごい困って仕舞うんですよね。
だいたいの場合は「何というか、まず、あなたが言うリベラルアーツって何を指してますか?哲学や歴史を指してるのなら哲学や歴史を学べばいいだけで、美術や音楽を指しているのならまた然り。ですからリベラルアーツを学びたいっていう時に、あなたが意味しているそのリベラルアーツの内容次第かと思いますけど・・・」と答えています。
で、そのように答えると「なんか違うんだよなあ・・・そういうんじゃなくてさ〜もっとこう・・・うーん、この人に聞いても無駄か」という表情をされて「ありがとうございました」と終わるケースが殆どです。
何だかなあ、と。やりとりかわかるのは、こういう人たちは「リベラルアーツとは何か」という像すらはっきり描けていない、何かそういう新しいテーマというかコンセプトが出てきて、それが流行りらしいと感じてこういう質問をしているわけです。要するにマーケティングとか財務とか、経営学の一分野みたいに功利的かつ実用的な学問としてリベラルアーツを考えているんです。
でもねえ、リベラルアーツってそんなものではないでしょ?
このブログを読んでいる人たちはそんなことは百も承知なので、こんなところでそれを独白しても愚痴以上のものではないんですけどね。あえて言えば「今すぐに役に立たないこと」は全てリベラルアーツになり得るんですよね。ロック?リベラルーアーツでしょ。義太夫?リベラルアーツだよねえ。風俗?もちろんリベラルアーツになるよ。登山?もちろんリベラルアーツの、それもハードコアだあね、と。
なんでもリベラルアーツになるんですよ。だからジャンルが問題なのではなく、態度の問題なんです。態度があれば風俗遊びだってリベラルアーツになるんです。そこを履き違えている人がものすごく多いんですよね。
結局、リベラルアーツを学びたければ、好きなことをおやりなさい、ということなんでしょうね。女遊びだってカサノバの域までやれば人間性の本質が透けて見える眼力を得て文学も哲学も自在でしょう。人から与えられたマニュアルなんかを読んでないで、好きなことを突き詰める。その先に「もののあはれ」が見えてくる。これがリベラルアーツの一番良い学び方だと思うんですよね。

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