日本で今後コンプラ違反が続出するだろうな、と思うその理由

新幹線のなかでボーッと考えたことをメモ代わりに。

国際的にはルールをよく守る国民性として知られる日本だけど、僕は個人的には今後、日本では企業によるコンプライアンス違反が続発して社会問題になる可能性があると思っています。

そう思う理由は大きく五つあります。

一つ目。宗教的な基盤を持っていないために、進退極まった際に判断の基準となるようなよって立つ倫理の枠組みがない。

二つ目。雇用の流動性が低くて転職しにくく、コンプライアンス違反を強要された際に「違反して人格を崩壊させるくらいなら倫理観にしたがって会社を辞める」という決断をしにくい。

三つ目。会社がアイデンティティを確認・保持するためのコミュニティ=ムラ社会になり、コミュニティの存続と自己実現が多くの人にとって同一化している。

四つ目。世間体を気にする見栄っ張りが多く、会社で出世して年収をあげること以外に生きがいを見つけられない人が多いために、出世を諦めてコンプラ違反を断るか、コンプラ違反にコミットして上司と運命共同体になるかを迫られると、多くの人が後者を選択してしまう。

五つ目。経営陣や管理職の質が低く、ワクワクするようなビジョンや戦略を示して人を牽引することはせず、目の前の数字の漸進的な改善に強い圧力をかけることでしか組織を牽引できないため、やがては実現が極めて難しい数値目標を組織に課してしまう。

1〜4は、以前からあった話なのですが、ここ最近コンプラ違反が増えてるのはやっぱり5の要因が大きいと思ってます。もともと潜在的にはコンプライアンス違反を犯しやすい特質があったんだけど、経済成長がその潜在的なリスクを封印していたんだろうと思います。フタが取れちゃったんですよ、為替も人口ボーナスもなくなっちゃったんで。

以前、倫理的にも許されない重大なコンプライアンス違反を犯した自動車会社のプロジェクトを担当したことがあったのですが、まあ無残としか言いようのない、人格を崩壊させてしまった人々の末路を見ました。

「ルールをよく守る国民性」という表面的なイメージと、「コンプラ違反を世界で最もやりやすい組織風土」というのは一見すると矛盾して見えるけど、実は根っこは同じなんですよね・・・要するに「周りから浮いてしまうのが嫌だ」というだけなんです。

山岸俊男先生は『安心社会から信頼社会』で、実は日本人が「他者への信頼」ということで調査してみると先進国ではダントツに低い数値であり、「治安の良さ」は倫理に根ざしているのではなく、「他者からの排除への恐れ」でしかないと指摘していますよね。こう言う社会で、無理な数値目標を押し付けて、しかも多くの人は逃げ場がない、となると何が起こるか・・・これから日本は大変なことが起こっていくと思います

会社を守って自分が壊れるんじゃ、意味ないよね。皆さん、くれぐれもご自愛ください。