Wednesday, July 23, 2014

審美眼で戦略ストーリーを見抜く!?

こう言うとのっけから自慢しているみたいに思われるかも知れませんが、コンサルタントになってから十年以上のあいだ、コンペなるものにほとんど負けたことがありません。年間でおそらく平均して五〜十件のコンペをやっていますが、だいたい8〜9割くらいの勝率をずっと維持しています。

で、まあそんなもんなのかな、と思っていたのですが、先日これを他ファームの人に話したところ「エエエ!?」とか「マジで!」とか「値引きし過ぎ」とか「負けたの忘れとるダケや」とかと、しばし盛り上がったあとでシンミリと「コンペに勝つコツってなんなんですかね」という議論になり、ハタと困惑してしまったんですよね。なぜかというと「なぜ勝てるのか?負ける時は何がダメなのか?」自分でもよくわからないからです。

例えばこう考えてみるとイメージしやすいかもしれません。プロ野球選手になって十年。それなりの成績を記録しているとして、その理由が自分でわからない、という状況です。なんとなく「いい感じ」でバットを振ったら、ボールが勝手にバットに当たってスタンドに飛んでいく。そんな感じで毎年記録が残っていたら、来年も同じことが出来るだろうかと不安で不安でしょうがないのではないでしょうか。

確実に言えることは、勝てる時は「間違いなく勝てる」という確信があるし、負ける時は「なんとなくしっくりこない」と自分でも思っている時が多いんですよね。そんなモヤモヤのなかでフッと思い出したのが

ソマティックマーカー仮説

のことです。

ソニーがクオリアをテーマにいろいろと仕掛けていたころに当時の社長だった出井さんがいろんなところで言及していた言葉なので覚えている方もいらっしゃるかも知れません。

何をいまさら、という感じですが、先日改めてダマジオのこの本を読み直していて、


もしかしたら、コンペに勝つのも負けるもソマティックマーカーに左右されているのかも知れない、と思ったわけです。

ソマティックマーカー仮説というのは、端的にいえば、人間は意思決定をする際に理性だけでなく情動に頼っていて、だからこそ正しい意思決定を素早くすることが可能になるのではないかという考え方です。

脳科学者のダマジオは、脳の前頭前野が破壊された患者が、感受性を失うと同時に、論理的な思考力や言語力といった脳の他の機能が高度に保全されているにも関わらず、社会的な意思決定の能力もまた同時に失ってしまうという症例を数多く検証し、我々が理性によってなしうると考えている高度に複雑な意思決定が、実は大きく感受性に依存しているのではないかという仮説をもったわけです。

ダマジオのこの本には、音楽好きだったエグゼクティブが脳腫瘍に冒された結果、音楽に何の関心も持てなくなってしまったと同時に、論理能力や言語能力が高いレベルで保全されているにも関わらず、仕事上の意思決定がまったく出来なくなってしまったという症例が報告されています。

高度に複雑な問題について意思決定する際、我々は、我々が思うほどにモノゴトを理屈で考えているわけではないのかも知れない。

この仮説にあらためて触れたとき、自分がコンペに提出する提案書を、学生時代に書いていたオーケストラのスコアと同じ心性で眺めて、全体的にセンスがいいかわるいか、ピンと来るか来ないかで判断していて、フィーリングが前者であればまず間違いなくコンペに勝てると判断しているということに気づいたんですよね。

つまり、提案書のストーリーを、音楽の旋律と同じ様に「美しいか」「美しくないか」で判断していて、それがもしかしたら最も正確な判断基準なのかも知れない、ということです。

これはダマジオではなく別の研究者の研究ですが、僕たちがマザーテレサやキング牧師といった人たちのエピソードを聞いたときに感じる独特の感情は、脳の眼窩前頭野の活動によることがわかっています。そしてこの眼窩前頭野というのは、美しい絵や美しい音楽を体験したときに働く箇所なんですよね。

少し乱暴な言い方ですが、こういった一連の事実は、我々の脳が、社会的にも道徳的にも商業的にも芸術的にも「善なるもの」「正しいもの」について、同じ様な反応を示すのではないかということを示唆しています。

現代社会において生を営んでいる我々は、論理思考やクリティカルシンキングといった浅い技術では解けないような高度に複雑な問題を抱えて日々を生きています。こういった複雑怪奇な問題を解くためには、もしかしたらデカルト的な要素分解の技術を学ぶよりも、究極的統合、つまり「審美的感性」を鍛えるということが実はもっとも有効なのかも知れません。

あくまで仮説なんですけどね。

でもここまで考えて、自分の美意識にもとづいてモノゴトを決めていたら、そうそうおかしなことにはならないんだな、と思って安心できたので備忘録としてここに記しておきます。

ではでは。


Tuesday, July 15, 2014

専門家+素人の組み合わせが最強?

D・ワイスベルクが2008年に発表した実験結果がとても面白い。

ワイスベルクは、脳科学の素人、脳科学の初心者(学部生)、脳科学の専門家(修了生)の三つのグループに対して、次の組み合わせの四つの説明文を読ませて説得力を評価させた。

           A=正しい説明文
           B=正しい説明文+説明と関係ない脳科学の情報
           C=誤った説明文
           D=誤った説明文+説明と関係ない脳科学の情報

さて、各グループはこれらの説明文をどのように評価したか。

まず素人は、脳科学の情報があってもなくても正しい説明文、つまりAおよびBを「正しい」と評価している。おお、ヤルじゃん。一方で、誤った説明文については、誤った説明文=Cを「誤っている」と評価したものの、脳科学の説明が付加された誤った説明文=Dについては「Cより説得力がある」と評価している。

つまり○△×で評価すれば、素人の評価は

                 A=○
                 B=○
                 C=×
                 D=△

であった。う〜ん、惜しい。

次に脳科学の専門家はどうであったか。さすがというべきか、彼らは関連しない脳科学情報に惑わされることなく、正しい説明文を最も説得力があると評価し、脳科学の情報が付加された文章は逆に「少し説得力がおちる」と評価している。うむ。さらに、誤った説明文については、脳科学の情報があろうとなかろうと「誤っている」という評価を下している。つまり、専門家の評価は

                 A=○
                 B=△
                 C=×
                 D=×

で、つまりは正解ということになる。

さて最後に初心者である。彼らはなんと、正しい説明文については評価せず、関連しない脳科学の説明が付加された説明文=Bをもっとも説得力があると評価した。一方で、誤った説明文についてはこれを一蹴したものの、ここでもやはり脳科学の説明文が付加された説明文=Dには「一定の説得力はある」と評価している。つまり、初心者の評価は

                 A=△
                 B=○
                 C=×
                 D=△

となるわけで、言うまでもなく三グループのなかで最低の解答である。

この実験結果は、モノゴトのありようを正確に見抜くに当たって、半可通の知識はかえって目を曇らせる要因になりかねない、ということを示唆しているように思える。組織で一番欲しいのは本当の専門家と本当の素人であって、中途半端な半可通ばっかりは危険なのだ。

僕はよくいろいろなところで「イノベーションは素人が起こす」と言っているけど、最近になって、この「素人」の定義がかなり拡大解釈される傾向があることに気づいた。平たく言えば、単なる「初心者」と「素人」を読み替えているケースがあるということなんだが、これはまったくの誤解で、僕がこの文脈で言っている「素人」というのは、いわば「プロの素人」とでもいうべきものであって、まっさらの曇りのないレンズで物事を透徹に見極めるコンピテンシーを持った人物のことなんだよね。

こういう人と本物の専門家が一緒に組むことで初めてイノベーションは成立するわけであって、中途半端な「初心者」をそろえても決してイノベーションは駆動されないよ、ということをワイスベルクの実験結果は示唆してくれているように思うのです。

あなたの会社、大丈夫ですか?

中途半端な仕事を数年〜十数年やった中途半端な半可通がドヤ顔で偉そうなことを新入社員や中途入社に語ってる組織は要注意ですよ。