Friday, July 5, 2013

「嫌われること」を恐れてはいけない

最近、メキメキと頭角を現しつつある友人の何人かから立て続けに「いわれのない誹謗中傷を受ける」という相談を聞かされました。

で、自分の経験も含めて、その都度「ああ、それは大抜擢が近い、ということだよ」と回答して元気づける様にしています。

なぜなら僕は、多くの才能ある人が一頭抜けるタイミングで絡めとられてしまう、この「嫌われたくない」という心理的なブレーキこそが、日本でなかなかリーダーシップが根付かない最大の原因だと考えているからです。

ここ数年、いろいろな角度からリーダーシップを考察しているのですが、リーダーシップは「嫌われる」ことと表裏一体の関係にあります。

例えば、リーダーシップ開発のワークショップで「過去の歴史から、素晴らしいリーダーシップを発揮したとあなたが思う人を挙げて下さい」とお願いすると、まず間違いなく下記の人物が含まれることになります。

                ジョン・F・ケネディ
                エイブラハム・リンカーン
                マーチン・ルーサー・キングJr
                マハトマ・ガンジー
                チェ・ゲバラ 
                坂本龍馬

こうして並べてみると、なるほど確かに「変革を主導した志士」として、いずれ劣らぬピッカピカのリーダーシップを発揮したという点で勿論共通しているのですが、一方で別の共通項があることにも、すぐに気付きますね。

そう、全員暗殺されているんです。

つまり「殺したいほど憎い」と多くの人に思われていたということです。過去の歴史において最高レベルのリーダーシップを発揮して世界の変革を主導した人物の多くが、暗殺によってその生命を絶たれているという事実は、我々に「リーダーシップというのは、崇敬とか愛着とか共感といったポジティブな感情だけではなく、必然的に軽蔑とか嫌悪とか拒否といったネガティブな感情とも対にならざるを得ないものなのだ」ということを教えてくれます。このブログの前回のポストでは「作用と反作用」と題して、何か極端なものがあるときは、その背後に逆側に極端なものが存在している、とたまたま指摘していますが、リーダーシップについてもそれは同様だということです。書いてて思い出したんですが、そういえばイエスもそうですよね。

つまり、リーダーになるということ、リーダーシップを発揮するということは、それが高いレベルのものであればあるほど、軽蔑や拒否や嫌悪といったネガティブな感情と向き合わざるを得ない、ということです。

そして、この「ネガティブな感情を認める」という点にこそ、日本におけるリーダーシップ開発のボトルネックがあると僕は思ってるんですよね。「嫌われること」を避けるために、どれくらいの人が、自分の思いやビジョンを封印して可能性を毀損してしまっているかを考えると残念でならない。

幕末の変革を幕府側から主導した勝海舟は次の様に述べています。

なに、誰を味方にしようなどというから、間違うのだ。みんな、敵がいい。敵がないと、事が出来ぬ。国家というのは、みんながわいわい反対して、それでいいのだ。
勝海舟「海舟座談」より

つまり「敵がいないリーダー」なんていうのは有り得ない、ということです。変革には必ず既得権や既成概念の破壊を伴うから、過去のシステムによって利益を享受していた人を敵に回すことになる。つまり「嫌われること」を恐れていたら変革を主導するリーダーなんかには絶対になれない、ということです。

あなたがもし、自分が正しいと思うこと、あるいは間違っていると思っていることがあるのであれば、「嫌われるかもしれない」という心のブレーキをかけずに、どうかそれを口に出して言ってほしいと思います。実際に世界は、多くの人がそうすることで、少しずつ進歩してきたのですから。

ということで長くなりましたが、メキメキと頭角を現しつつある中、言われのない誹謗中傷ややっかみに鬱陶しい思いをしている友人諸氏よ、「突き進め、そのまま!」というのが僕からのエールです。







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