どうして視覚化すると「わかる」のか?

いま、秋口の出版を目指して「知的生産の技術」というテーマで本を書いています。出版社の人からは「なぜ、○ッキンゼー流では成果が出ないのか?」という副題をつけましょう!と言われていますが、どうなんでしょう、大丈夫なのかな。

まあそれはともかく、その本の中で強調しているのが、知的生産に必要なブレインパワーには4タイプあるという点です。その4つとはすなわち
            1. 論理力
            2. 創造力
            3. 分析力
            4. 統合力

です。この四つのブレインパワーは1と2、3と4がそれぞれ対になる構造になっていて、無理矢理テキストで表現すれば

                  分析力
                   ↑
               論理力←+→創造力
                   ↓
                  統合力

ということになります。

で、これら四つのブレインパワーは、どれかに偏ることなくバランスよく高めることが必要なわけですが、一読しておわかり頂ける通り、ここ十年ほどビジネス界では1と3が大流行りで、最近では論理思考を子供に教えようなどという愚かな営みに手を染める大バカものまで出てきてる次第なわけですが、出版社の方がいみじくも指摘した通り、多くの人は1と3だけではどうもうまく成果が出せないということに気付きつつあるようです。

実はこれは当たり前のことで、僕はこの点についていろいろなところで書いたり話したりしていますが、論理と分析というのは正しくやれば誰がやっても同じ答えに至るわけですから差別化にはまったく貢献しないんですね。せいぜい規定演技で及第点をとれる程度のパフォーマンスにしかならない。ということでカギになるのは、その人らしいユニークな知的成果=自由演技を支えるための「2:統合力」と「4:創造力」ということなのですが、今回は一つこの「統合力」を高めるためのコツについて述べたいと思います。

統合力というのはつまり、集められた断片的な情報や論考を、グワッとまとめて「要するに」とか「つまり」を紡ぎだす能力ということですが、この時、とにかく考えたことや集まった事実を紙に書き出してみて並べてみる、というのが重要なポイントになってきます。

理由は後述しますが、アタマの中だけで一次情報の組み合わせを検討して示唆を出そうとしてもどうしても限界があるのです。紙に書き出してそれを並べてみることで、思わぬ情報の組み合わせから示唆や矛盾が見えてくることがあります。

わかりやすい例を一つ挙げましょうか。

昭和40年代生まれの人には笹川良一が出演していた日本船舶振興会のCMを覚えているでしょう。このCM、業界用語で言うところの15CMの「二階建て」(15CMを二つ連続で流す方式)だったのですが、一つ目のCMでは「世界は一家、人類みな兄弟!」と訴えており、二つ目では「戸締り用心、火の用心!」と訴えているんですよね。

で、こう書くともう皆さんおわかりでしょうけど、この二つのメッセージは矛盾しているわけですね。世界が一家なら戸締りの必要はない。ということで、この二つの情報を視覚化して並べてみると「笹川良一という人は平気な顔して矛盾することをいう人だな」という示唆が得られることになります。

しかし、多くの人はCMを見ていてその矛盾に気付かない。どうして気付かないかというと「音声」で二つの矛盾するメッセージを聴いているからです。音声で聴いているというのはつまり時間軸で順番に情報を処理しているということです。

一方、文字にして二つを並べてみてみるというのは視覚をもちいて空間軸で同時に情報を処理しているということになります。そしてここがポイントなのですが、人間は情報を処理する際に、音声=時間軸と視覚=空間軸で脳の違う部分を使っているんですね。時間軸にそって一度処理した情報でも、空間軸にそって思考してみると違う絵が浮かび上がってくる。

余談ですが、この両者を最もドラマチックに組み合わせているのがギリシア悲劇だ、と指摘したのがニーチェでした。時間軸を代表する芸術形式は音楽や戯曲であり、空間軸を代表する芸術形式は絵画や彫刻です。ニーチェは、前者を情動や混沌=ディオニュソス的なもの、後者を理性や秩序=アポロ的なものとして対立させ、この両者の融合こそがギリシア悲劇の本質だと28歳の若さで指摘したわけです。どういうブレインパワーなんだよ。

ということで(ってぜんぜんまとまっていないですが。。。)、耳で聴いて知っている情報でも、一度視覚化してみることで新たな示唆や発見が得られるのだということ、そしてそれが統合力を支える基本的なスキルなのだというお話でした。