Monday, June 10, 2013

「現代のベートーヴェン」を聴きたいという心性


今日の午後、母校の経営大学院で「アートと経営学」というテーマで講演してきました。で、講演後にいただいた、個人的にはショッキングな質問について帰路ずっと考えるところがあって、ぜんぜん答えは出ていないのですが、その考察のプロセスをシェアしようかな、と。

どっから始めようかな。。。。

固有名詞を出すといささか刺があるので差し控えたいと思いますが、「現代のベートーヴェン」と言われる作曲家が、最近話題になっていますよね。

以前からその方の作品については一応知ってはいるのですが、個人的な評価については、うーん、なんというか、まあ保留とさせて下さい。僕に歴史的な審判を下す様な審美眼があるとは思えないし、時間というのは便利なもので恐らくあと10年も経たないうちに歴史が勝手に答えを出してくれると思うのでそれを待てばいいと思います。

ただ、最近ちょっと面倒くさいなと思う様になったのは、そういう曖昧な態度をとっている僕のことを「クラシック音楽に詳しい人」と誤解して、講演会やワークショップの後で、評価を求める人が多くなってきた、ということです。曰く「聴いてみたいんですけど、先生はどう思いますか?」と。大学院が美学美術史学専攻だからって専門はキュレーションだし、そもそもこの講演の主題は「イノベーションの起こし方」で全然関係ないはずなんですけど。。。

なんというか、聴いてみればエクリチュールも旋律の作り方も、確かにああなるほどベートーヴェンに似ているかも知れないなあと思うのですが、ただね「現代のベートーヴェン」と言われる作曲家に興味を抱くあなたは、ではまず、どれだけオリジナルのベートーヴェンの曲を知っているんですか?と聴くと、まあ想像通りの答えしか帰ってこないわけですね。せいぜい交響曲の数曲と、有名どころのピアノソナタだけしか聴いたことがないという、まあそういう状況なわけです。

でね、本当に、心の底から不思議だなあと思うんですよね。

ベートーヴェンは生涯で130余りの曲を残していますが、そのうちの片手で数えられるくらいの曲しか知らない人が、「現代のベートーヴェン」とマスコミで吹聴される人の曲を新たに聴いてみようかと思う心性が、すいませんそう思って居る人には本当に申し訳ないのですが、全く理解出来なくて、であればまずは当のベートーヴェンの曲をもっと聴いてみたらどうですか?と思うんです。だって歴史のヤスリにかけられて残っている以上、あっちの方がヒューリスティックに考えてクオリティが高いのは明白でしょう?

と、ここまで書いちゃってますが、メンと向かっては、まあそうは言わないで「ああ面白いかも知れませんね、いいんじゃないですか?」と適当にごまかしてます。

考えてみれば、「現代のベートーヴェン」と同様の構造をもつ「~の○○」というメタファーって、確かに沢山ありますよね。例えば南米のパリ=ブエノスアイレス、田園都市線の学習院=森村学院、森のキャビア=とんぶり、東洋のマイアミビーチ=藤沢市南部海岸(笑)等。

これらの構造を列挙した上で、そこに成り立っている関係性をここに解説する勇気を僕は持ちません。ただ指摘しておきたいのは「現代のベートーヴェン」という言い方が、ここに列挙した構造と同じものになっているんじゃないかなあ、という「感想」は確かにもっています。感想なので人それぞれということで、まあ反論は勘弁して下さい。

ということで、結論はないんですが「現代のベートーヴェン」と言われて、そういう音楽を聴きたがる人の心性が本当に不思議だなあ、だったら最初から古典にいった方が効率も喜びも高まるはずなのになあという気持ちと、これを知っているのはごく一部だけで、だからこそ情報格差が維持できているのかもなあ、と思う気持ちの両方が、焼酎に解けていく初夏の夜なのでした。






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