Friday, May 24, 2013

経営科学と人文科学の谷間 報酬と創造性の関係

創造性をより高めるためには「アメ」と「ムチ」のどちらが有効なのか、という問題はギリシア時代から議論されてきたテーマといえます。この問題を考えるために、194050年代に心理学者のカール・ドンカーが提示した「ろうそく問題」を取り上げてみましょう。まず下図を見て下さい。「ろうそく問題」とは、テーブルの上にろうそくが垂れない様にろうそくを壁に着ける方法を考えてほしい、というものです。





この問題を与えられた成人の多くは、だいたい79分程度で、下図のアイデアに思い至ることになります。





つまり、画鋲を入れているトレーを「画鋲入れ」から「ろうそくの土台」へと転用するという着想を得ないと解けないということなのですが、この発想の転換がなかなか出来ないんですね。一度「用途」を規定しまうと、なかなか人はその認識から自由になれないということで、この傾向をドンカーは「機能認識の固着」と名付けました。

考えてみれば、例えばマジックインキなどは、ガラス製の瓶に入れられたフェルトに有色の揮発油がしみ込んでいるので、物性としてはアルコールランプとほとんど同じです。で、実際に暗闇ではこれを立派にランプとして使うことが可能なわけですが、なかなか普通の人にはそういう発想の転換が出来ない、ということをこの実験を通じてドンカーは証明しました。



で、この実験から17年を経て、ニューヨーク大学のグラックスバーグは、この「ろうそく問題」を、人間の若干異なる側面を明らかにするための実験に用い、そして興味深い結果を得ています。彼は、この問題を被験者に与える際、「早く解けた人には報酬を与える」と約束したんですね。すると何が起きたか?

この実験の結果、報酬を約束されたグループは、無報酬のグループよりも、アイデアを得るまでにずっと長い時間が必要になることが明らかになっています。1962年に行われた実験では、平均で34分ほど長くかかったという結果が出ています。つまり、報酬を与えることによって、創造的に問題を解決する能力は向上するどころか、むしろ低下してしまうということです。

実は教育心理学の世界では、この他数多くの実験から、報酬、とくに「予告された」報酬は人間の創造的な問題解決能力を著しく破壊することが分かっています。有名どころでは例えばデシ、コストナー、ライアンが行った研究でしょう。彼らは、それまでに行われてきた数多くの「報酬が学習に与える影響についての分析」についてのメタ分析を行い、報酬が活動の従事/遂行/結果のいずれに伴うものであるとしても、予告された報酬は、既に面白いと思って取り組んでいる活動に対しての内発的同機付けを低下させる、という結論を得ています。

デシの研究からは、報酬を約束された被験者のパフォーマンスは低下し、予想しうる精神面での損失を最小限に抑えようとしたり、あるいは出来高払いの発想で行動したりする様になることがわかっています。つまり、質の高いものを生み出すために出来るだけ努力しようということではなく、最も少ない努力で最も多くの報酬を得られるために何でもやるようになるわけです。加えて、選択の余地が与えられれば、そのタスクを遂行することで自分のスキルや知識を高められる様な挑戦や機会を与えてくれる課題ではなく、最も報酬が多くもらえる課題を選ぶようになります。

これらの実験結果は、通常ビジネスの世界で常識として行われている報酬政策が、意味がないどころかむしろ組織の創造性を低下させている可能性があることを示唆しています。つまり「アメ」は組織の創造性を高める上では意味がないどころか、むしろ害悪を及ぼしている、ということです。 

さてと。

報酬と学習の関係については未だに議論が収束しておらず、例えばアイゼンバーガーとキャメロンの様に「報酬が内発的動機付けを低下させるという警告の殆どは間違っている」と主張する論者もいるのですが、少なくとも「予告された報酬が内発的動機を低下させる」とするデシの論考については、70年代から続いた議論を経てほぼ結着がついていると考えてもらって構わないでしょう。

ところが不思議なことに、経営学の世界ではいまだに報酬が個人の創造性を高めるという立場を取る論者が少なくありません。例えばハーバード・ビジネス・スクールやロンドン・ビジネス・スクールで教鞭をとっていたゲイリー・ハメルは、イノベーションに関連する論文や著書の中でたびたび「桁外れの報酬」による効果について言及しているのですが、これがもう痛々しいほどにナイーブなんですよね。

「起業家は小物を狙ったりしない。彼らが狙うのは新興企業の株式である。革新的なビジネスと起業家のエネルギーこそ、革命の時代には頼りになる「資本」なのだ。アイデア資本家が、株主と同等の報酬を求めるのは当然だろう。彼らは、確かに短期間で大きな成功を狙うが、同時に自分の貢献に見合う報酬を要求するのだ。(中略)ビジネスで過去の延長としては考えられない斬新なイノベーションをなしとげたスタッフには、手厚く報いなければならない。斬新なイノベーションを実行すれば、会社がかならず手厚く報いることをスタッフに明確に知らしめる必要がある」

ゲイリー・ハメル「リーディング ザ レボリューション」p360より

ハメルが主張しているのは「予告された桁外れの報酬こそが創造性やエネルギーを引き出すのだ」というものですが、これはまさに学習心理学の世界で「もっともやってはいけないこと」として長いこと常識になっています。

報酬政策に関するこのようなコンセプトに関して、ハメルがたびたび「お手本」として取りあげていたのがエンロンでした。ハメルは、上述した同書においてこの様に書いています。曰く「年輪を重ねた革命家を生み出すためには、企業は報酬を、役職、肩書き、上下関係などから切り離して決めなければならない。実際にエンロンではそうしている。同社のなかにはアシスタントでも取締役を上回る収入を得ている者がいるのだ」(同書p364より)。

しかし、現在の我々は、エンロンや投資銀行で過去に起こったこと、あるいは多くのITベンチャーで今現在起こっていることが、まさにデシの指摘する「本当に価値あると思うことではなく、手っ取り早く莫大な報酬が得られる仕事を選ぶ様になる」という事態であることを知っています。エンロンがロケットの様に上昇する株価を謳歌していたのは2000年代の初頭で、ハメルによる上記の論考が出されたのも同時期のことです。しかし、既にその時点でデシを初めとした学習心理学者たちの報酬に関する研究結果は数十年来のあいだ公にされており、少なくとも「予告された報酬」が、様々な面でその報酬の対象となる人々の創造性や健全な動機を破壊することは常識となっていました。

こういったごく初歩的な人文科学あるいは社会科学領域における知見が、社会のあり様についてもっとも大きな影響力をもつ企業に対して発言力を有する経営科学の領域に活かされていないという事実には、残念という感慨を通り越して困惑させられます。ハメルが教鞭をとっていたハーバード・ビジネス・スクールやロンドン・ビジネス・スクールは高額の学費をとることで知られていますが、高い学費を払わされた挙げ句、他分野ではとっくのとうに誤りであることが明らかにされている知見を学ばされた学生はタマッたものではないでしょう。

人に創造性を発揮させようとした場合、アメ=報酬(特に予告されたストックオプションなどの報酬)は、効果がないどころではなく、むしろ人や組織の創造性を破壊してしまう、ということをおぼえておいた方がいいでしょう。

じゃあやっぱムチなの?ということになるわけですが、これについては次回で考察したいと思います。


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