なぜスペースシャトルは落ち続けるのか? 組織における「聞き耳のリーダーシップ」の重要性


2003116日。この日のケネディ宇宙センターはムチャクチャ寒かったようです。

恐らくそのためだった、と考えられていますが、この日打ち上げられたスペースシャトル「コロンビア号」には、離床直後に剥離した断熱材が機体を直撃するというアクシデントが発生していました。実は、断熱材の剥離はこれまでの打ち上げでも度々発生しており、慣れっこになっていた関係者の多くは「ああ、またか」と思うに過ぎませんでした。

但し一部の関係者の中には、剥離した破片の大きさから、機体への影響を憂慮する人も存在しました。当時の関係者は、NASAのエンジニアであるロドニー・ローシャが、打ち上げ翌日に断熱材の衝突箇所の拡大写真を見て「周囲が飛び上がるほどの驚きの声」を上げたことを記憶しています。関係者の多くは、「よくあること」と一顧だにしませんでしたが、念のためということで、この問題を調査するためのチームが編成され、「驚きの声」を上げたロドニーはその共同委員長の一人に選ばれます。

打ち上げから五日たち、経験豊富なリンダ・ハムが議長を務める定例の会合が開催されました。この委員会は、コロンビア号の飛行任務を統括し、飛行中に生じた問題への対応策を策定する責任を負っていました[1]。ここで、耐熱材の衝突に関する問題が取り上げられたとき、議長のハム女史は「これは以前の飛行でも何回か起きたことで心配するに足りない」という指摘を行いました。

確かに、1981年のスペースシャトルの初飛行以来、ほとんどすべての飛行任務で断熱材の機体への衝突は発生していました。しかし、これは本来見過ごせないトラブルだったはずです。スペースシャトルの設計仕様は断熱材の剥離を前提としていません。しかし、何度も何度も経験し、結果的にそれが大きなトラブルにつながらなかったためにエンジニアもフライトマネージャーも剥離の衝突に慣れっこになってしまい、断熱材の衝突によって機体にシリアスな危険が及ぶことは有り得ないという、ヘーゲルがいうところの「暗黙の前提」を共有するようになっていました。

議長のハム女史は、この会合において、断熱材の衝突について「スペースシャトルが既に軌道上にあり、我々にできることが殆どない以上、飛行中の問題として扱うべきではなく、むしろ次のフライトへ向けて補修をどうすすめるべきか、という問題として扱うべきだ」という意見を述べています。確かに、たとえ断熱材の衝突が「飛行の安全」をおびやかすものであったとしても、コロンビア号の大気圏への再突入の安全性を確保するためにNASAが出来ることはせいぜい「お祈り」くらいしかありませんでした。

一方の剥離片調査チームは、断熱材の衝突による損害を正確に把握するためには追加のデータが必要だという結論に達し、NASAの上層部に対して、コロンビア号の追加映像を申請することにしました。この申請は具体的には、米国が保有するスパイ衛星をつかって宇宙空間のコロンビア号の写真を撮影するよう、国防総省に協力を要請してほしい、というものでした。しかし、この要請は最終的にハム議長に出されることはありませんでした。なぜか?

「エンジニアが直接に上層部に対して意見具申するなどという行為は許されない、という強い空気が当時のNASAにはありました」[2]

と後になってロドニー・ローシャは述懐しています。

数日後、再びミッションマネジメントチームの定例会議で、また剥片の衝突問題が持ち上がります。しかし以前と同様に、ハム議長はこの問題が飛行の安全性に関わるものではないことを確認し、「この問題は次の飛行への準備期間において対処すべきだ」と強硬に主張しました。

ロドニー・ローシャはこの時「いろいろと疑問もあり、言いたいことも会ったけれども、沈黙してしまった」と述べています。後になって、一部のエンジニアが重大な懸念を抱きながら発言を封じていたことについてコメントを求められたフライトディレクターのリロイ・ケインは、批判的に次の様な注意を促しています。

「飛行の安全に関する懸念をチームの一員が感じたのであれば、彼にはそれを表明する責任がある。別に大声でどなれということではない。静かに立ち上がって、懸念の内容とその理由について話せばいい」

しかし、ロドニー・ローシャはこのコメントに同意せず、NASAにおいて上層部の意見に意義を唱えるのは極めて難しいのだということを事故委員会の行ったインタビューで述べています。最終的に、コロンビア号事故調査委員会は「コロンビア号の惨事に際して多くのマネジャーとエンジニアがとった行動は、NASAの職場慣行と過去何年間かの間にNASAに深く浸透した行動パターンを反映している」と指摘しています。

NASAが、その「米国の宇宙計画の推進を担う」というフロンティアスピリットに溢れたミッションからは想像し得ないほどに官僚的で硬直的な組織だということはあまり知られていません。極めて上下関係に厳格で、煩雑な手続きと厳しい規則にがんじがらめになっており、コミュニケーションは規定の厳格な指揮命令系統を通じて行うしかない。当時のNASAでは、エンジニアが組織階層で数段上にあるディレクターやマネジャーと直接対話するようなことは「秩序を乱すものであり、あってはならないこと」と考えられていた様です。

チャレンジャー号およびコロンビア号の二つの爆発事故を研究した社会学者のダイアン・ボーンは、NASAが内部で建設的な討論(=認知的不協和)をせずに、結果的に二つの事故を招くに至った理由を次の様に説明しています。

「私が出席したあるNASAの会議で、ロドニー・ローシャとロジャー・ボジョレー(チャレンジャー号の事故が起きる前に、結果的に事故原因となったリングの安全性に懸念を表明したエンジニア)は、NASAの内部では「心配性のうるさいヤツ」というレッテルを貼られていました。いわゆる「オオカミ少年」ですね。だから彼らの意見はあまり信用してもらえませんでした。「またか、うっとうしいな」ということです。この様な組織では、人の入れ替えをしても事故を防ぐことは出来ません。なぜならこれは個人の性格の問題ではなく、組織上の問題、文化の問題だからです。登場人物を変えてみても、まったく組織と文化が変わらない限り、やはり同じ事故が発生するでしょう」[3]

ここで問題になっているのは、組織における上下間での風通しであって、端的にいえばNASAはとても権力格差指標の大きい組織だということです。コロンビア号の事故について、それが最終的に防げたものであったかどうかはともかく、事前に「重大な懸念」をもったメンバーの多くが、それを組織の上層部に伝達することなく、不安を圧殺してしまったということは、様々な角度で組織やリーダーシップのあり様について示唆を与えてくれます。

こういった組織においては、リーダーは、自分の考えに対する反対意見が自分の目の前に突きつけられるのを待っていてはいけません。組織の中において、自分の考えは間違っているのかも知れない、という思いをつねに小脇に抱えて、自分のアイデアに対する反対意見を積極的に探し求めなければならないのです。尊敬されるリーダーから、自分のアイデアに対する反対意見や異なる発想を聞かせてほしいと頼まれれば、多くのメンバーは喜んでそれに応対してくれるでしょう。

僕がいま勤務しているヘイグループは、50年以上にわたって全世界の企業でリーダーシップ開発の支援を行っていますが、部下に意見の発言を促し、それに対して真摯に耳を傾けるリーダー、つまり「聞き耳のリーダーシップ」を発揮している程度は、組織成員のモチベーションやコミットメントに影響を与えることを把握しています。

しかし、残念なことにNASAにおいてはこの「聞き耳のリーダーシップ」を発揮しているマネジャーは少数派でした。コロンビア号の事故調査委員会は、「この事故に関わったマネジャーの多くは、現場のエンジニアから危険性についての懸念を表明されていなかった以上、自分たちに過失は無い、と主張しています。しかし、これは要するに、危険性について意見を求めることも、注意深く話を聞くということもしなかった、ということであって、端的にリーダーシップの問題である」と断定しています[4]

アトランティックマンスリーという雑誌に掲載されたコロンビア号の事故に関する記事に、事故調査委員会の一人と議長だったリンダ・ハムとの会話が記載されています。これを読むと「聞き耳のリーダーシップ」という概念が、NASAの中には殆ど存在しなかったということがわかります。

調査官    リーダーとして、あなたはどのような方法で反対意見を集めるのでしょうか?
ハム      誰かが反対意見を述べるときにはちゃんと聞いています
調査官    ということは、反対意見を聞き逃すこともあるでしょうね?
ハム      いいえ。誰かが反対意見を述べれば、それに対してちゃんと耳を傾けています
調査官    しかし、誰も反対意見を述べない時に、どうやって反対意見を集めるのですか?
ハム      .....

ハム女史は、調査官の最後の質問に対して明らかに困惑しています。恐らく「そんなことは考えたこともなかった」ということなのでしょう。ヘーゲルのいう「暗黙の矛盾」に思考を冒されたハム女史には、最後の質問は意味不明に響いたのかも知れません。

権力格差指標の大きいNASAのような組織では、リーダーが自分のアイデアや意見を述べれば、組織のメンバーはそれにおもねるように意見や思考を調整させる強い圧力が、かならずかかります。従って、ここで重要になるのは、「指示・表明のリーダーシップ」ではなく「聞き耳のリーダーシップ」ということになります。

有効なリーダーシップの有り様は組織の状況や時代といった文脈によって左右されます。権力格差指標の存在を指摘したオランダの心理学者であるホフステードは、権力格差の大きい文化圏や組織では「上司に意見具申することに極めて大きい抵抗感を感じる」ため、リーダーは自分のアイデアをとりあえず伏せつつ、積極的に部下に対して本音の意見を表明させることを促すことが必要になります。これが「聞き耳のリーダーシップ」です。日本の様に権力格差指標の大きい文化圏では、聞き耳のリーダーシップを組織の長が発揮出来るかどうかが、大きく組織パフォーマンスを左右することになります。




[1] コロンビア号の事故については、事故調査委員会による詳細な公式報告書が作成、公開されている。同報告書は、この事故の技術的な原因究明に留まることなく、その背後にある組織的要因を深く掘り下げ、この事故を発生させるに至った「NASAという組織に対する社会科学的な要因」についても説明しており、非常に興味深い。”Columbia’s Final Flight,” Columbia Accident Investigation Board report. August 26, 2003. Washington D.C.
[2] James Glanz and John Schawartz. “Dogged engineer’s effort to assess shuttle damage,” The New York Times. September 26, 2003より
[3] D. Vaughan. 1996. The Challenger launch decision: Risky technology, culture, and deviance at NASA. Chicago: The University of Chicago Press
[4] Columbia Accident Investigation Board Report. 2003. P170