Wednesday, August 22, 2012

ライターから見えてくる「エラー恐怖症」の恐怖

このブログを読んでいる人の中には、僕が完全なノンスモーカーだと思っている人が多いと思うのですが、実はストレスレベルがすごく高まったり、あるいはとても気持ちのよいことがあったりすると、今でもたまに吸ったりしています。

で、この間久しぶりにタバコを吸っていて気づいたのですが、ライターの着火がとてもやりにくくなっているのです。これはどうしたことか、と思って調べてみたところ、子供が火遊びをして焼け死ぬ事故が数年前に発生してから、各社が対策として容易には着火できないようにした、ということらしいのですね。

ちなみにフランスの定番ライターであるBICも調べてみたのですが、こちらは相変わらず同じデザインで、この改良がおこなわれているのはどうも全て日本製のライターの様です。

うううううん・・・・

確かに痛ましい事件だとは思うのですが、年間3万人が自殺で死んでいるのを、のほほんとして看過している日本において、ライターの火遊びによる事故が数件あった=つまり社会的には稀有というべき事故、が発生して、メーカー各社が一斉にライターの改良(改悪?)に走るというのは、日本企業の独特の癖を表している様に思うんですよね。

それは「エラー恐怖症」ともいうべきものです。

一度こういうことがあった以上、対策を打たないと怠慢だ何だとマスコミに糾弾される。とにかく、なんとか対策を打て!ということだったと思うのですが、しかしライターに上記の様な改良を施せばコストは高まり、使い勝手は悪くなり、当然に商品としてのグローバルな競争力は低下します。

しかし、本当にそんな対策が必要なのか?

ライターなんてものはそもそも危険なものであって、子供が火遊びしないようにしっかり管理しろ、というのがまずは真っ当な対応策だろうと思うのですが、なぜか、そうならず、親が払うべき管理コストを社会全体で負担するという構図になっているわけです。

大上段に振りかぶりますが、僕はこういった「過剰なエラー対策」というのは、グローバル競争において物凄くネガティブに働くことになるだろうと考えています。

例えば米国の医療制度がいい例です。米国の国際競争力は今でも世界一ですが、「エラー恐怖症」に冒された産業だけを取りだして見てみると、実は物凄く国際競争力が低い。

例えば代表的には医療サービスがそうです。

アメリカでは医療過誤訴訟一つで病院がつぶれかねないので、訴訟を避けるためにありとあらゆる検査や治療を行う「防衛医療」が異常に発達した結果、医療費が世界最高になっています。それでも訴訟リスクが避けられない場合は患者を拒否しますしね。

つまり医療サービスを一つの産業と捉えた場合、米国のそれは全く国際競争力がないということです。これは米国のサービス産業では珍しいことですが、つまりエラー恐怖症に冒されるとそういうことになるということの格好の事例だと言えるでしょう。

ライターに話を戻せば、何十年かに一回の割合で起こった、しかも管理の問題こそ真因と糾弾されるべき事件をきっかけにして、そういったことが二度と起こらない様な対策を高コストをかけて実施し、社会全体にそれを負担させるという様なことをやっている限り、この国の様々な分野における国際競争力は全然高まらないと思います。

結局は常識の問題だと思うんですけどね。私が非常識なんでしょうかね。

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