「ひこうき雲」でわかるユーミンの天才

いまさらですが、ユーミンに関する考察です。

松任谷由実(発表した当時は荒井由美だけど)の「ひこうき雲」は、この曲を聴くためだけにでも生まれてくる価値がある、というくらいの名曲だと思うんですが、一方で、音楽を本格的に勉強してきた人にとっては理解出来ないようなコードが多用されていて、しかもそれが完璧に曲に合っているという、実に不思議な曲でもあります。

もっと言えば、本格的に和声とか対位法とか、クラシックの作曲法を勉強した人にとっては、この曲は挫折という傷に塩を塗り込める様なすごみがある曲なのです。

殆どの人に理解して頂けないと思いながら、思いのタケを綴りますと・・・

サビの出だしの「そら~にぃ、あこがれて~」の所は F→Am7→Dm というもので、ここはまあそれほど珍しいもんでもありません。機能和声で言えばⅠ→Ⅲ→Ⅵの偽終止でT→D→Tの運用です。リフレインが叫んでるとか、ユーミンの定番の運びですね。

しかし、ここから続く 「そら~を~かけってゆく~」の所に、いきなりAm→Cm→B♭ と来るんですよね。末尾がB♭つまりⅣなので、普通に考えると変終止なんですが、その前の和音がCmだしな・・・・

すいません、わからない人にはまったくわからないと思うんですが、この曲、長がへ長調なんですよねえ。へ長調であれば、ポイントはとにかく主和音であるF。そこにもっていくに当たって普通はB♭かCを使うということですが、ここでは両方使われていなくて、Am→Cm→B♭・・・・・・

なんじゃこりゃ・・・・・・・

それでいて、このコードで完璧な「着地感」を作るんですよね・・・・・負けた。

実はそう思った人は多いようで、荒井由美と結婚したプロデューサーの松任谷正隆は「僕は、ひこうき雲のサビに彼女が何気なくコードを合わせるのを聴いた瞬間にショックを受け、結婚を決意しました」とインタビューで言ってたので、インパクトの表出の仕方はいろいろだと思いますが、やはりすごいと思うんですよね。

実は、音楽って建築に似ていてものすごく科学的で、そうそうエキセントリックなことやって人の心に響くものって出来ないんですよね。作曲って言うのは、「こうすればウケるのはわかっている」というのと「こうするとアリキタリだよね」っていうのの二つのバランスをどう抜いていくか、という問題であって、人が「こころ」をゆさぶられる音の運びのパターンって、そんなにたくさんあるわけではないんです。その組み合わせをユニークに作れるのが「天才」っていうことなんですよね。

例えばモーツァルト。 天才の代名詞のようによく言われますが、その譜面を読んでいて「意味がわからない!?」と思うところは実はほとんどないんですよね。これは敬愛するバッハでもそうですね。建築のアナロジーで考えると、どこにどういう素材を用いてどういうデザインで仕上げようとしているのか、その強度や特性を知っていれば、譜面を読んでどういう曲にしたいのか、という意図は100年という時間と、ヨーロッパと日本という空間を超えてビビッドに対話することが可能なんです。

要するにモーツァルトやバッハの譜面を読むと、殆ど戸惑うことがなくて「見事だな」とは思うけれども、解そのものに至るプロセスにはまったく違和感がないんですね。これが、松任谷由実になると、かえってその知識が邪魔になってしまって戸惑っちゃうんです。

ふふふ、つまらないもん学んじまったな、とタバコをすいながら(もうやめたけど)コートの襟を立てながら口笛吹きつつ去りたい感じですが・・・

ああああああ、このすごさ、音楽の不思議さを感じて頂くためには個人的にレクチャさしあげたいので、ご希望の方は仰ってください。数人まとまればピアノのあるカラオケボックスかなんかで「ユーミンはなんで天才なのか?それまでのポップスとどこが違うのか?」という講座をやりたいと思います、はい。

美意識に従って生きる

いきなりですが・・・

地球温暖化論では、地球の平均気温の算出方法の妥当性とか、そもそも地球の平均気温と二酸化炭素濃度との因果関係についての議論がかまびすしいのですが、最近思うのは、これはそういう問題ではなくて、

美意識の問題

ではないか、ということです。

これはすなわち、エネルギーを垂れ流し、大量消費しながら飽食し、そのうえ鈍麻しているという自分に対する違和感、さらに言えば嫌悪感、もっと言えば「そうでない生活を送っている人に対する憧れ」によって形成されている様に思えます。

この「美意識に従って生きる」という流れは、ここ数年で顕著になってきたトレンドだと思うのですが、2011年はさらに加速していくのではないかと思います。

自分自身はどっちに与するかというと、やはり「美意識」に従って生きる流れを加速したいと思っています。その為に技を鍛え、徳を積む一年でありたいと思っています。