Wednesday, June 16, 2010

三島由紀夫曰く、「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」

Tuesday, June 15, 2010

ジョブズはアップルを「テクノロジーとリベラルアートをつなぐ会社」にしたい、と言ってる。

これを日本語に訳すと「技術と一般教養」をつなぐ、という意味不明な文章になる。

なぜこんなことになるのか、というと「リベラルアート」に「一般教養」なんていうひどい訳をつけたからだ。だれが訳したのか知らないけど、この誤訳はひどく罪作りな誤訳だと思う。なぜなら最も基底として重要な学問領域が、なんだか世間一般常識と同様な軽いカテゴリーに認識される風潮を作ってしまったからだ。

リベラルアートは、個人をして自由にならせしめる学問、という意味である。

Wednesday, June 9, 2010

攻めに強い中国

中国はリーマンショックの影響を殆ど受けていない。

その要因の一つに政府の対応のスピードがあったと思う。

リーマンショック発生は2008年の9月15日。

中国の金融政策緩和の意思決定は9月16日。それまでハイパーインフレの懸念がささやかれていた中国はこの日を境に一転して金融政策を緩和側に振っている。

このスピード感こそ、独裁政権の強さだと思う。

同じことはシンガポールにも言える。
シンガポールの税関のスピード、移民誘致に関する優遇制度のラジカルさは独裁国ならではのものだと思う。

そういえば、最近、シンガポールの首相の平均在任期間と日本の首相の平均在任期間の比較という意味不明な分析にお目にかかった。

なぜ意味不明かと言うとシンガポールは独裁政権だからだ。独裁政権というのはつまり、誰がなんと言おうと「オレはやる」と言えば、やり続けられる政治形態を言う。日本は民主国家であるからして、極論すれば、皆がやめさせようと思えば首相なんていくらでも辞めさせられる。こういう政治システムの違いを棚に上げて在任期間の比較をしても意味がないのは明白だ。

一夫多妻制の国と一夫一妻制の国を比較して、子供の平均の数が少ないとわめくのと同じことでしかない。

独裁、恐るべし。

Tuesday, June 8, 2010

「会社に寿命を作ろう」の会発足

人もモノもいつかは滅びる。
滅びるからこそ愛おしいし健全なのだと思う。

でも滅びないものもある。
その代表が貨幣と企業だ。

貨幣は、モノが放っておけば減価するのと異なって、むしろ増える。
企業は法人で、法律的には「人」だけど寿命がない。

これは不健全なんでは。

ドイツの経済学者のシルビオ・ゲゼルは、モノは放っておけば滅びてゆくのにお金はむしろ増えて行くこと問題視した上で「モノと貨幣で不当競争が行われている」と指摘して「減っていくお金」を提唱した。

そしてそのコンセプトを受け継いだのがケインズだ。いわゆるバンコール。しかしこのケインズ・プランは結局、米国のホワイトプランに破れてグローバルスタンダードになることはなかった。

で何が言いたいかというと、企業も滅びていくことを宿命としてみてはどうか、ということ。例えば、年を経るごとに法人税を高めて行くっつーのはどうか?
ベンチャーは法人税ゼロ。年数を経るごとに増やしていって、100年経ったら強制的に解散。新しく会社作っても新会社と旧会社で人員の重複率は5%以内じゃないとダメ。
こうすると新陳代謝がどんどん起こって日本にもアップルが生まれるかも知れない。

なんかわくわくして来た

青春

僕が子供のころ、恐らく10歳前後の頃だったと思いますが、母は家でピアノを教えていました。

ある日、声を聴いただけで「すごーく年取っているな」とわかるおばあちゃんから、家に電話がかかってきました。

曰く、「家の前のピアノ教えます、という看板を見たのですが、私みたいな初心者でも大丈夫ですか?」とのこと。
「うちは小さい子供ばっかりでみんな初心者ですから大丈夫だと思いますよ」と、その場では答えておきました。

そうして、しばらくしてから、その電話をくれた「すごーく年取ったおばあちゃん」は、家にピアノを習いに通い始めたのでした。

自分の部屋に練習している音が聞こえてきて、それはそれはたどたどしいのですが、子供ごころに素晴らしいことだな、と思ったのを、この頃たまーに思い出します。

最近、またいろいろと新しいことにチャレンジしようという気持ちが、強くなってきていて、それで思い出すんでしょうかね。おばあちゃんは80歳でピアノを新たに習い始めましたが、まあ僕は40なので、何始めるにしても遅すぎるということはないですよね。

ということで、米国の実業家で詩人でもあったサミュエル・ウルマンの詩です。


青春とは人生の一時期のことではなく心のあり様をいう。
若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、安易(やすき)に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。

人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。
理想をなくした時老いるのである。

歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。
悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。

六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。

人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。
自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。
希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。

自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、その人は若いのだ。

感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。そのような人は神のあわれみを乞うしかない。

Wednesday, June 2, 2010

文化産業戦略

4月からお手伝いしていた日本の文化産業戦略の骨子が、産業構造審議会の審議を経てついに昨日、発表になりました。

文化産業を日本の輸出産業の柱に育てるという趣旨で、目標規模も実にアグレッシブです。

議論の焦点だった「産業構造の転換」もしっかり盛り込まれてます。日本のコンテンツ産業の発展を阻害しているのは、旧来型のモデルに固執するマスメディアであって、この構造を解決しない限りコンテンツ産業の発展はない、という再三の指摘をご理解いただいたようです。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100531-OYT1T00102.htm