Monday, December 27, 2010

キャリアについて


最近、あるきっかけがあってキャリアについていろいろと考えています。

まず、古典的な大家の話から。

心理学者で組織開発のグールーでもあるエドガー・シャインは、仕事選びのポイントとして下記の3つを考えろ、と言っています。

1:自分は何が得意か?
2:自分は何がやりたいか?
3:社会的意義がある、と感じるのはどのような活動か?

で、同様にこちらも有名人ですが、マイケル・アーサーはどう言っているか、というと

1:自分ならではの強みはどこにある?
2:自分が何かをしたいと思うとき、なぜそれがしたいのか?
3:自分はこれまで誰とつながり、どのような関係を築いてきたか?

の3つなのですが・・・

普通に仕事人生を生きて来た人にとって、これらの問いは答えることは率直に言って非常に難しいですよね。例えばエドガー・シャインの問いの2なんて、それがそもそもわかっていたらキャリア論なんて考えないし、マイケル・アーサーの問い2に至っては、それを本気で考え始めたら深すぎて働いてなんていられないよ、ってくらい深遠な問いですよね。この問いを答えるために仕事を犠牲にするのであれば哲学者にはなれるかもしれませんが、仕事で何事かなすのは難しそうです。まあそれはそれでいいキャリアなのかも知れませんが。

ということで、古典的な大家の宣う「キャリアの考え方」に非常に違和感を感じていたところ、なるほどな、と思う論考に出会いました。それがジョン・クランボルツの「プランド・ハップスタンス」という理論です。これ、簡単に言えば

「人生で重要なことは偶然で決まる。だから偶然をまず受け入れよう」

という考え方です。漠としたものであっても自らに望む大きな方向性がなんとなくあるのであれば、自分にとって都合のいい偶然を起こせる様な、何らかの準備や働きかけは出来る、ということです。これは先日紹介した書籍(してないか??書いた気がするけど)である「その幸運は偶然ではないんです」(原題:Luck is no accident)でも同じ主張が展開されていました。

クランボルツは、このPlanned Happenstance Theoryを実際に展開する上で、重要なポイントとして下記を挙げています。

1:好奇心
自分の関心を、狭い範囲にとどめないこと。ある程度関心のある領域に沿って、広く好奇心を持つこと
2:こだわり
自分にとって譲れない点や信念は大事に
3:柔軟性
当初の計画よりずれていても、それが自分の興味や価値観の範囲内であれば、受け入れてみる
4:楽観
どのような結果になっても、得るものはあった、と考えるようにすること
5:リスク
受け身でもリスクは向こうから来る。であればこちらから迎撃せよ

ということで、殆ど精神論なのですが、個人的には「なるほど」と思える点が多いです。これは日本における組織論/人的資源の大家である神戸大の金井先生もほぼ同様のことを指摘されてらっしゃいますね。

キャリア論を勉強して気づいたのですが、キャリアを勝ち負けで捉え、艱難辛苦を乗り越えて理想の仕事を手にしようと思って頑張るというのは実は非常に危険だ、ということです。こういうアプローチで実際に「勝ち」を手に出来る人はほんのごく一部であって、殆どの人はむしろそのような態度を取ることによって「挫折感」のみを残すことになる。この挫折感が、せっかくつかんだ中程度の成功や幸せを、そうと感じさせなくしてしまっている、という側面があるように思います。勝間和代さんが煽る様なキャリアの考え方、というのは非常に危険なんですよね。

完璧でも美しくもないものだけれども、それを慈しんでいるとそれはいつの間にかかけがえのないものに変わる、という話を、以前にもフローベルの短編を題材にして、人生とはそういうものなのではないか、と書きましたが、仕事もまたそういう側面があるのではないでしょうかね。

※:イメージはジョルジュ・ド・ラトゥールの「大工の聖ヨセフ」です。そうヨセフも、そしてイエスも大工だったんですよね。でもヨセフは大工としての人生を全うし、イエスは途中で大工としての活動から宣教活動に入りました。イエスは、大工から宗教家にキャリア・チェンジしたわけです。

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