Saturday, October 16, 2010

不可能の建築物と最脆弱点


様々な企業が知恵を絞って戦うと付加価値とコストのトレードオフは均衡点に集まる。
似た様な製品を似た様な値段で出す、ところに一旦は落ち着く。

これは、ある見方をすれば「可能」の建築物でもあるけれども、一方で、誰もがそれをやりたいのだけど、残念ながら今の段階ではコストやテクノロジーや規制の問題で出来ない、ということの裏返しの集まりでもあって、そういう意味から言えば、事業=ビジネスというものは

「不可能」(の裏返し)の集積で出来た一種の建築物

とも言える。

で、この不可能の建築物は、一見堅固に見えるのだけれども、その構成物である「不可能性」の脆弱度は実は多様であったりも、する。

その脆弱性を見極めるのが経営者であったり戦略コンサルタントの最も重要な仕事なのだ、と思う。

人間が物理的に移動できる距離、物資を運べる距離には限界があって、軍隊の展開スピードはそれらの関数に支配されていたのだけれども、ここに、食料を煮沸して缶につめる、というイノベーションが発生して、食料を長距離運べる様になった。運んだ先で暖めればおいしい料理が食べられる、というようになった。

以前に書いたけれども、戦闘機の戦術展開エリアはすごく狭かったのだけれども、別の飛行機から燃料を「飛んだまま」分けてもらう、という空中給油のイノベーションが発生して、これもボトルネックで無くなってしまった。

軍隊をどう地理的/時間的に動かすかという学問は、そういう意味で「不可能の建築物」であったわけだけれども、ここに「缶詰」や「空中給油」というイノベーションが発生して、この不可能の建築物は崩壊し、別の部材を使った別の建築物が造られることになった、ということだ。

いま、僕らが当たり前の様に言う「それは無理だよ〜」、「不可能でしょ」、「ありえねー!」という言葉は、建築物の有り様をひと言で表したものなのだけれども、それらを実際に表現した通りにあらしめている要素は建築物の様に要素還元できるはず。それらを「不可能の建築物」たらしめている部材のうち、どこがもっとも脆弱なのかを考えることが、恐らく21世紀の日本には、ものすごく大事なことなのだと思う。

これは、個人にとっても同じだと思う。あなたもぼくも、不可能の建築物であって、その建築物のうち、どこが最も脆弱なのか?あなたやぼくの、どこを変えると、今まで不可能だったことが可能になるのか、ということをよく考えてみるといい。

:我慢強さ?
:語学?
:知識?
:コンプレックス?
:臆病さ?

いろいろあるんではないでしょうかね?




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