Monday, May 10, 2010

バカメラ

幼稚園の運動会に行ったりするとわが子の活躍をビデオに残さんとお父さんやお母さんが必死に場所取りしてたりしますね。

本番になるとズームを駆使したりして一瞬たりとも画面から逃すまいと必死にモニターを眺めて子どもを追いかけている。

そうやって撮られた映像は家の中で再三繰り返されるのかも知れません。

でも、その映像は所詮、記録されたもので「生」のものではありませんね。

生のものは、その場限りのモノで、そこにはテレビで再生されるより遥かに多くの情報量が詰め込まれているはずです。

ところが、こういったお父さんお母さんは、「生」の場所ですら、小さいカメラのモニターを通じてしか、わが子のことを見ていない。つまり、一度も「生」のその子の活躍や演奏を見ていないということになります。

「記録」には残せるけど、「記憶」には残せない、ということですね。

小さな舞台の上に頑張って出てくる小さな子どもたちの、その小ささは、ホールと舞台という大きさの対比でこそ際立ってくるもので、その際立ちの故に人は、けなげな子どもたちに愛おしさを感じるのだと僕は思うんですよね。

でも、その風景は手元のハイビジョンカメラのモニターを通じて、しかもズームしてしまうと、全く見えなくなってしまう。

本当に大事なものを見させなくする、カメラっていうのはそういうもんじゃないかと思いますね。

よく、旅行先の名所旧跡で一生懸命にカメラでなんやかや撮ろうとしている人にも同じことを感じてしまいます。カメラで記憶に残すくらいなら、目に焼き付けなさい、と言いたい。特に、携帯を突き出して写真取っている人。こちらの目に映る風景すら貧しくなるからほんとやめて欲しいんですよね。

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