全てはファッションビジネス化する?

成熟化しきっていて新しい収益チャンスなんてない、と思える様な事業でも後から考えると意外な儲け口はあるものです。

例えば着メロは数千億の市場を生み出しましたが、誰が「電話の着信音を売る」なんていう事業がそんなに大きな市場規模を生み出すと思ったか。

そもそも着メロがなんでそんなに大きな市場規模になったのか、ということを考えると、恐らくそれは「個性化」ということと不可分なんじゃないでしょうか?

携帯電話を持っているのがごく少数だった頃は、持っている、ということそれ自体が個性の主張になりました。そこらへんの人より、僕はちょっとカネあるよ、忙しいしね、とまあそういう主張ですね。

でもこれがみんなが持つ、というようになると携帯を持っている事自体は個性とは関係がなくなります。そうなってくると個性化するための別の付加的な要素が生まれるっていうことなんでしょう。携帯そのものを飾るのがそんなに流行らないのはなぜかって?恐らく、携帯を着飾ってもあんまり露出されないし、着飾ること自体が、個性をある方向に強制的に持って行ってしまう、という特性があるからじゃないでしょうか。音楽は、ものすごくプレゼントできる個性の幅が広いってことなんでしょう。

そう考えると、すべての消費は、ジャン・ボードリヤールが言った通り、個性を伝える、つまり差異を強調するための言語=記号として機能する時代になっているのかもしれません。これはつまり、全てのビジネスはファッション化している、ということを示唆しています。

もし、すべてのビジネスがファッション化していくのであれば、もしかしたらファッションビジネスのマネジメントシステムが、いいベンチマークになるかも知れません。つまり、クリエイティブ・ディレクターが居て、その人が、プロダクトにどのような個性を表象させるかをすべてデザインし、決定する、という仕組みです。

例えば、昨今の携帯電話は、デザインのヒドさを機能を付加することでごまかそうとしていますが、クリエイティブ・ディレクターにすべてを決めさせる様にすれば、多少はよくなるのではないでしょうか。