今日3つ思ったこと


今日思ったことABC

A:携帯は死にたがっているのかしら
電車の中で見た携帯の公告。防水なのでお風呂の中でワンセグ放送を見られることを訴えていました。最近見た別の広告は1550万画素のカメラを内蔵していることを訴えていました。商品を作っている人にも、広告を作っている人にも大変申し訳ない言い方なのですが、本当にそんなものが世の中でアピーリングだと思ってるのでしょうか?

端的にいって、こんな商品はあってもなくても、どうでもいい気がします。

バカ売れしているアップルのiPhoneは、お風呂の中で使えるわけでも、1500万画素のCMOSも持っていません。なんか、こういう機種を作っているメーカーって根本的に思い違いしているんじゃないでしょうかね。賭けてもいいですけど、こういった風呂で見えるとか、1500万画素のカメラを搭載しているとかいう、どうでもいい機能の機種って、すぐに市場から消えるんじゃないでしょうか?

以前のブログにも書いた通り、今の携帯電話の問題はまず

1:プロダクトのデザインが終わっていること
この点についてはアップルどころか、SAMSUNGにも圧倒的な差をつけられていると思います。パソコンの生みの親であるアラン・ケイが、以前日本の博物館で印籠を見せられて「日本にはこんなにクールなモバイル機器があったのに、日本の携帯電話はなぜあんなにアグリーなんだ?」と言ったそうですが、実に共感しますね。

2:顧客体験のデザインが終わっていること
携帯でちょっとわからないことがあってショップを訪れると銀行や病院で見られるよな番号を発行する機械があって、時間が来ると「○○番の札をお持ちのお客様、○○のカウンターへ、お越し下さい」と機械的な声が響き渡りますね。こういう手順や仕組みを設計した人って、いったいブランドというものをどう捉えているんでしょうか?恐らく、体験の貧しさが発想を同じ様に貧しくしているのだと思う。リッツカールトンで、あの様な番号札発行機を見たことがあるだろうか?グランメゾンのフレンチを食べるときに、機械の声で案内されることがあるだろうか?コスト構造が違うんだからしょうがない?そうかも知れません。でもアップルのテックバーのような仕組みは十分に可能なはずです。

B:才能は開拓する
スティングの新しいアルバム、if on a winters nightを週末に固めて聴いたのですが実に素晴らしい。僕のスティング体験は多分Soul Cagesでほぼ止まっていて15年ぶりなのですが、完全に異次元のアーティストに移行していました。本当に才能のある人って、ファンを裏切る様に音楽的に違うステージにどんどん移行して行くものですが、スティングもそのたぐいの人なんだな、と認識した次第。エクリチュールは殆ど中世音楽で、弦楽器も出てきますが、チェロやバイオリンの様な近代楽器の奏法ではなく、ビブラートが少ないビオラ・ダ・ガンバの様な響きです。スティング自身は、クリスマスアルバムではなく、冬をテーマにしたアルバムだ、と言っている様ですが、暖炉が燃えている静謐なロッジの窓から雪に覆われた針葉樹の林を眺める様な感じが、確かにあります。それも北欧ではなくスコットランドね。スティングがリュートを弾いているのですが、ダウランドの例を引くまでもなく、リュートってスコッティッシュに響きますね〜素晴らしい。

中でも、15曲目が珠玉だなと思っていろいろと調べてみたところ、これはもともとはバッハの曲にスティングが歌詞をつけて謳ったものだということが判明。バッハをポップスに転用、というと有名なところではジャコ・パストリアスが半音階的幻想曲を発狂的なテクニックでエレクトリック・ベースで弾きこなしていますが、なるほど、バッハとスティングという掛け合わせになるとこうなるのか、と深く納得した次第。

C:・・・・忘れました

それではおやすみなさい!