グレンフェルのトレンチジャケット





ちょっと肌寒いくらいの気候のとき、ノータイのカジュアルなスタイルに合わせて上に羽織れるものが、前々から欲しいと思っていました。

いまのアウターはノラインナップは、

1:マッキントッシュのゴム引き
2:アクアスキュータムのトレンチ
3:モンクレーのダウン

があるのですが、

1:寒さをしのぐ効果がほとんどない
2:スーツ着用時は愛用しているのですが、ノータイにはちょっと固くなりすぎ
3:初冬にはちょっと大げさ過ぎる

ということで何かしっくり来ていなかったのですが、丁度いいのを見つけて衝動買いしました。

場所は青山骨董通りです。

グレンフェルのトレンチですが着丈が短く、細身。またインナーにタータンチェックを用いているので前からあるアクアスキュータムのトレンチ(こちらも紺色)とは、一見似ているものの、着た感じの印象はかなり異なります。

知らなかったのですが、グレンフェルは英国王室御用達なんですね。アクアスキュータムよりもずいぶん手頃な値段で13万円程でした。

南方熊楠とグローバリズム


グローバルグローバルグローバルグローバルと最近呪文の様にことあるごとに言われる。

時代はどんどんグローバル化しているから、と、どうもそういうことらしい。

さて、科学雑誌の世界最高峰といえば、Natureである。文系の小生にはよくわからないけど、理系の研究者になると誰もが論文掲載を夢見る(らしい)。

では、日本人でNatureへの最多論文掲載の記録保持者は誰か?

実は南方熊楠なのである。熊楠は19世紀の生まれなんですけどね・・・グローバル時代の今の学者さんはどしてるのかしらん?

http://ja.wikipedia.org/wiki/南方熊楠




チェ・ゲバラ


ゲバラは愛書家だった。

ジャングルのゲリラ戦の最中でも、ちょっとした休憩があると木陰でドン・キホーテを拡げて読んでいた、という話は以前から聞いていたが、彼が故国を離れコンゴに居る自分に送ってくれる様、妻に頼んだ書籍のリストを見て仰け反った。

ピンダロス「祝勝歌集」
アイスキュロス「悲劇」
ソフォクレス「ドラマと悲劇」
エウリピデス「ドラマと悲劇」
アリストファネスのコメディ全巻
ヘロドトス「歴史」の7冊の新しい本
クセノフォン「ギリシア史」
デモステネス「政治演説」
プラトン「対話編」
プラトン「国家」
アリストテレス「政治学」(これは特に)
プルタルコス「英雄伝」
セルバンテス「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」
ラシーヌ「演劇」全巻
ダンテ「神曲」
アリオスト「狂えるオルランド」
ゲーテ「ファウスト」
シェイクスピアの全集
解析幾何学の演習(サンクチュアリ*のもの)

*ゲバラは自分の書斎をサンクチュアリと呼んでいた由

「世界で一番カッコいいオトコは、エルネスト・チェ・ゲバラだ」(ジョン・レノン)
世界で一番かどうかはともかく、やはり相当かっこいいと、僕も思うのでした

横軸と縦軸


初めてチェロのレッスンを受ける。

ピアノだと縦軸で指を揃えるけど、チェロは和音が出せないので、指を揃える必要は無い。
その代わり面白かったのが、次に来る音に備えて別の弦に指を置いておく、というルール。

なるほど、これはピアノとかなり違う。

耳で調弦してください、というのものけぞった。

専門家以外にはどうでもいいことだが、ピアノの調律は、実は完璧に行ったピアノでも実際には宿命的に完璧足り得ない。なぜなら平均律で調律するからだ。平均律とは2の12乗根の比率で周波数が隣り合う様に調律した調弦のことだ。曲の途中で転調してもその転調した先で音楽が奏でられることを目指して「人工的に」作られた調律法だ。一方で、もっとも自然に調和する調律は「純正律」といって、これは周波数の倍数、倍音をベースに設定される。純正律で調律されるとハーモニーは本当に美しいが、その調から転調することは出来ない。

ということで、先生は、「ピアノとかチューナーで調律しないでくださいね〜音が濁りますから」とおっさる。要するに耳で調弦してくれ、ということなのだ。

久々に、脳を揺さぶられている感じですね。





流動性が高いと回復も早い


日本は50年代に公害でさんざん苦しめられたが比較的早期に問題解決してしまった。
それは日本の公害の多くが「水」にまつわる問題だったからなのではないだろうか?

水は、土に比べてずっと早く循環する。熱力学の第二法則が早く働く、というかエントロピーが土に比べてずっと早く放出されてしまう。

北欧の国々は同時期に公害問題に着手しているけれどもいまだに湖沼の酸性化等の問題を解決できていない。

ここ2ヶ月程で公害関連の書籍を20冊ほど目を通したけれども、誰もそのことに言及していないのですが、理由は実に単純で

水の汚れはすぐに薄まるけれども、土の汚れは薄まらない

ということなのではないだろうか?

だとすれば、考えることが2つ。

1:中国には環境規制を与えなくてもいい
中国は酸性雨の垂れ流し国家になりつつあり、これをみんなで規制する方向になっているが、こと日本特有の損得で考えると、恐らくこれはそんなのではないか。将来において、日本の食料を世界で最も安全な食料という位置づけで輸出財にするという戦略を考えた場合、もっとも胃袋の大きい国(しかも近い)である中国で作られる植物が危険である、という状況にしてしまった方が、日本の国家戦略として有利である、ということ。スウェーデンは1910年代から土壌汚染になんとなく気づいていたが、未だに問題を解決できていない。ナウシカではないが、要するに土は一度汚れてしまうとどうしようもないということだ。土を汚す最大の要素は硫黄で、これは今の中国の工場がじゃんじゃん排出している物質だ。これは放っておいた方がいい。そうするといずれ中国では作物がゼンゼン取れない状態になる。こういうことを戦略的に考えないといかんですね。

2:労働力の流動性も高めた方がいい
実は、余知られていないけれども今年の米国の投資銀行のボーナス総額は史上最高額となった。この回復のスピードは単純に言えば流動性の高さによるものだ。水と同じで、流動性の高い資産の汚染はすぐに回復する。日本の企業の従業員や資産は土だ。一度汚れてしまっても終身雇用の期間分、汚染は続く。