世界を作り変える経営

街に出て立ち止まり、グルっとその場で回ってみる。

目に入ってくるモノの殆どは企業がつくったモノです。

いま、この世界がこうあるのは、意識的にしろ無意識的にしろ、企業がそうなるように活動したから、ということになります。

ということであれば、未来の世界もまた、企業の活動次第でどうにでもなるのではないでしょうか。

なのに、多くの企業は、高額のコンサルティングフィーを払って「未来の世界はどうなるのか?」というテーマで調査分析のプロジェクトをコンサルティング・ファームに依頼します。

こちらも仕事である以上、頼まれればキチンと分析をしてアウトプットを出すのですが、ちょっと仕事を離れて考えてみると「なるほど・・・・でも、世界がどうなるのですか?という質問の前に、あなたはそもそもどういう世界を作りたいのですか?」と訊いてみたい。

だって、今の文明の殆どが企業活動の結果出来上がっているんだから、ほとんどの企業が世界を変えたいと思えば、それは確実に成就すると思うんですね。

最近はNPOやソーシャルビジネスという言葉が流行っていて、本屋にも関連の書籍が並んでいますが、現時点ではとてもじゃないけど世界を変えるようなインパクトを持った活動や成果は生まれていないと思うし、この先、そういった活動から世界を変えるだけのインパクトが生まれるかというと僕が懐疑的です。

恐らく、問題の根源は、そもそも社会的であるべきビジネスが、単にビジネスと呼ばれて「ソーシャルビジネス」とか「ソーシャルアントレプレナー」という言葉が出来てしまっていること自体にあるのだと思います。

つまり、ビジネスは、社会的な活動ではない

と多くの人が考えているからこそ、「ソーシャルビジネス」なんていう冗長な言葉が出てくるのでしょう。

この場合、ビジネスは社会的なものではない、というテーゼを支えているアンチテーゼは

ビジネスは、個人が金儲けをするための活動である

というものでしょう。

ビジネスを、個人の金儲けのための活動から、より良い世界に今の世界を変えるための活動に変えていく、ということが必要なのだと思います。

そこでボトルネックになるのが、株主資本主義という枠組みです。

今回のリーマンショックの惨禍を見て、声高に株主資本主義を悪く言う人も居ますが、そういう人はリーマンショック以前に株主資本主義が達成してきた成果についてどう考えるかもきちんと言及すべきでしょう。株主資本主義は非常に強かで有効性の高いプラットフォームなので、それ自体を否定しようは僕は思いません。なぜなら代替手段がないからです。あるプラットフォームを批判するのであれば、それに変わる代替手段の提案が必要ですが、多くの株主資本主義批判者にはその点がかけている様に思います。

大事なのは、株主資本主義に変わるプラットフォームを探すことよりも、株主の教養だと思います。

どの企業にお金を出すか出さないか、どの様な成果を期待するか。

金も必要だが、よりよい世界を求めるリテラシー、つまり全人格的な意味での教養が必要なのだと思います。