Friday, August 14, 2009

ルールの書き換え

電通マン必読の本リスト、というのが電通の社内にあって、今はどうなったか知らないけど、その中でもっとも強力に薦められていた本に「マーケティング 22の法則」というのがありました。

確か20冊くらいの本のお勧めのリストの中で、他の本については簡単な解説とそれがなぜ電通マンにとって必要なのかという理由が書かれていたのですが、「マーケティング 22の法則」については、「読んでない人は今すぐに読んでください」と書かれているくらい、本当に必読中の必読の書という位置づけでした。

このブログを見ている僕の友人の多くにもお勧めしたし、事実僕自身も長いことすばらしい本だと思っているのですが、最近になってこの本に書かれているルールの多くが、書き換えられる時期に来ているな、と感じています。

例えば、22のルールの一番目に上げられている「一番手の法則」というのがあります。

これは、市場参入の一番手を果たす、というのが勝つためのもっとも有効な方策である、という考え方です。

このルールの有効性の証左として、著者は「大西洋無着陸飛行の一番目の成功者はリンドバーグとして誰にでも知られているのに、二番目の成功者は誰も知らない。二番目の方が早く、燃料消費も少なかったのに関わらず」という事例を挙げています。

そのころの僕は20台の純真な青年だったので、上記の様なインチキ証明にコロリとだまされてしまって、何度かクライアントの前でもそういった事例を引き合いに出して初期参入の有効性を説いていたのは実に恥ずかしい思い出です。

上記の証左って、考えてみればぜんぜん証明になっていないですよね。

事業として成功するのと名前が知られているのは別のことです。今、大西洋を横断しようという人はおそらくはノースウェストとかユナイテッドとか、まあどこでもいいのですが最新鋭のジェットを使いたがるわけで、リンドバーグの操縦するスピリットオブセントルイスに乗って横断したいと思う人はいないだろうし、たとえリンドバーグが航空会社を起こしていてリンドバーグエアウェイズというのがあったとしてても、リンドバーグが大西洋無着陸飛行を行ったのと、航空会社を選定するのに「何の関係もない」と言う人がほとんどでしょう。

つまり、

一番最初に大西洋無着陸横断飛行をやったのはリンドバーグで誰もが知っている。二番目にやった人の名前はぜんぜん知られていない

という弁に対しては、

そのとおり、だから何?それが市場に最初に参入するのが正しいということの証明にはなりませんよ。
なぜならリンドバーグはなんら事業を起こさなかったから。それを正しいというには、リンドバーグが航空会社を設立し、それが今現在もトップ企業であることが必要です。

というのが正しい答えになります。

あと、余計かも知れませんが、この証明がいかにも気持ち悪いのは、そもそも大西洋無着陸横断飛行をやったのが、リンドバーグである、という話そのものに齟齬があるからです。大西洋無着陸飛行を最初にやったのはジョン・オルコットとアーサー・ブラウンの二人でリンドバーグではありません。リンドバーグが最初にやったのは、大西洋無着陸「単独」飛行で、要するにカッコつきなんです。だからある意味ではリンドバーグ自体が二番手なんですよね。

二番手なのに、なぜここまでヒーローになったのか、ということを考えると要するに二人で出来たことを始めて一人でやった、というのがいかに人心に作用するか、ということだと思いますが、そっちを深く考えるほうがはるかに得られるものがあるような気がします。

こういった重箱のすみをつつくようなことをしなくても、例えば世界最初のゲーム会社はアタリで、任天堂やソニーは後発でしたし、アメリカ最初の自動車会社はデュリアで今は影も形もない。だいたい今世界をひっくり返すような騒ぎを起こしているグーグルも検索エンジンとしては最後発の会社ですし、アップルのi-Phoneも携帯電話メーカーとして考えれば最後発です。

つまり、こうやって眺めてみると「一番手」というのは本当に有効なのか?という疑念がわいてくるわけです。

では、なぜ一番手の有効性がなくなってしまったのか?まあそもそも有効だったのか、という疑念もないわけではないですが、仮に昔はあったとしてなぜなくなってしまったのか、ということを考えてみるとどうも二つの理由がある様に思います。

1:ブランドイメージ占有の有効性の低下
2:技術を内部に持つことの優位性の低下

1は、つまり「安全といえばメルセデス」というようなイメージ(認知心理学の用語ではパーセプションと言ったりします。広告業界ではこっちの方が用いられているかも知れません)を、最初に参入したメーカーほど昔は占有しやすかったのが、ここになって参入時期は関係なくなってしまった、ということです。

その理由は、これは前著にも書きましたが、昔は企業がパーセプションを形成するために使えるコミュニケーションツールはほとんどマスメディアだったのに、今は消費者の多くがパーセプションを形成するためにネットを使うようになったから、ということがあります。

つまり、刷り込み=インプリンティングがしにくくなってきているんだと思います。刷り込み、というのは生物が、特定の対象について短期に強い記憶を持ち、それが長期間持続するという学習現象の一種です。マーケティングに援用して考えれば、消費者が、例えばメルセデスという対象について、コミュニケーションの結果「メルセデスは安全である」という認識=パーセプションを持ち、それが長期に持続したらそれは一種の刷り込みだと考えられます。

一昔前は、その刷り込みに対して「他の自動車の方が安全である」とか「メルセデスは大して安全ではない」という情報は、あまり入ってきません。こういった情報を取得するには、それなりのエキスパートに接したり、実際にメルセデスに乗って追突される必要がありますから、まあなかなか難しいわけです。

ところがネットが出てきて、エキスパートの情報を簡単に集められるようになったり、実際に事故にあった人の体験談を聞いたりすることが出来るようになってきた。こうすると、初期に形成されたパーセプションは、メルセデスと言うブランドのイメージを保護するための防壁としては機能しません。

その結果、最初に参入してパーセプションを占有する、ということの有効性が減少しているのだと考えられます。


次に2:技術を内部に持つことの優位性の低下

というのは、まあ読んで字のごとくなんですが、最初期に市場に参入すると技術(技術だけでもないんですが)に関する知識が誰よりも早く蓄積されて、安くていいものを作れるようになります。類似の概念としてはBCGが発見した経験曲線(累積生産量が倍になると生産コストが2割程度下がるという経験則)がありますが、これも経験の量が増えていくことによって競争力が向上するということでは同じことでしょう。

ところが、ここにきてこの構図も崩れつつあるんじゃないか、と思っています。

先ほどにもあげた任天堂やアップルは、自分たちで技術を囲い込むことをしていません。Wiiもi-Phoneも内部の技術よりも、世の中に存在する技術の寄せ集め、それも決して最先端ではない、わりと「枯れた」技術の組み合わせによって出来ています。いわばプロデュースしているだけでインベントはしていないんですね。

技術のロードマップを設定して着実にそれをこなしていく、というのは先にゲームを始めた会社ほど有利ですが、そこにあまり競争上の意味がなくなってきてしまっている、ということです。

これは更に言えば、技術力よりも、それを組み合わせてプロダクトやサービスとしてのシステムを作る能力の方が、はるかに競争にとって意味が大きいということを示唆しています。

そろそろ「一番手の法則」は見直されてもいいのではないでしょうか。

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