Saturday, July 25, 2009

「平均」にまつわる二つのジレンマ


最近、「平均」という概念をマーケティングの中でどう考えるべきなのか、という点についていろいろと考察しています。

先日、出版社の方から、前著「グーグルに勝つ広告モデル」の続編の依頼を受けて、何度か打ち合わせをしています。まだ細かい内容までしっかりとは決まっていないのですが、大きな方向性として「20世紀後半に開発された経営学やマーケティングの基本的なテーゼに対して、疑義を投げかける、というコンセプトで行きましょう」ということで握れています。

その一つが、「平均の誤謬」というテーマです。

僕は電通で6年間、ブーズ・アレン、BCGを合わせて計8年と、合計で14年間戦略やマーケティングに関する提言を経営者に対して行う、という仕事をしていますが、そのレポートの中で必ず用いられていたのが「平均」という実にやっかいな概念でした。

そして、今現在、平均というのは非常にミスリードする危険な概念だと思っています。

結論から言えば、平均というのは非常にパラドキシカルな面を持っていると考えていて、その一つが、

平均と理想

というパラドックスです。

こう並べると両者は概念としては対になるように見えます。よく考えてみると、恐らく平均の対概念は特殊とか逸脱、理想の対概念は現実になるのかと思いますが、いやいや実は平均と理想という概念は、つながっている場合があります。

どういうことか

モーフィングという技術をご存知でしょうか。コンピューターを用いて、複数の人間の顔を一つの顔に合成して行く技術ですが、このモーフィングによって合成された顔は、ソースとなったサンプルが属する集団の理想の顔に、サンプル数が増えれば増えるほど近づくということが実験でわかっています。

これは、ジュディス・H・ロングライとローリ・A・ロッグマンの二人による論文「Attractive faces are only average(素敵な顔は単なる平均)で明らかにしたことです。二人は、この論文の中で、サンプルのソースとなった集団の顔の形、大きさ、顔の特徴、目や鼻や口といったパーツの位置を算術平均して一つの顔に合成した結果、その顔はその集団の中で活躍しているプロモデルの顔の構成に極めて類似することを明らかにしています。

「どんな人?」

「え、どんな人って言っても、なんか普通だよ、普通」

「普通って言ってもさ、なんかあるでしょ。誰に似ているとかさ、どんな顔?」

「そうだなあ、やっぱり普通というか・・・平均的な感じかな」

「すごいハンサムじゃん!」

という会話はやっぱり不自然ですよね。

数学的には最も平均的な顔が、集団では最も好まれる。この結果はやはり実験した二人にも違和感があったようで、二人はその要因を進化、認知原形、対称性の影響が組合わさったものであると推論しています。

自然淘汰を前提にした進化論では、一般的には長い年月にわたって極端な個性を持った個体は集団から排除される傾向を持っています。そのため、交配時に極端な特性を持った個体が忌避され、一方で平均的な特性を持った個体は総合的に見て環境に適応している度合いが強い、つまりこいつの子供なら生き延びる可能性が高いという本能的判断があって、好まれる様になった、と考えられています。

対称性も重要な要素でしょう。平均的な顔は左右対称性が高い顔になります。そして、対称性は健康と適合性を示すものと一般に認識されます。ほとんど全ての種において非対称な個体は子孫を少ししか残せず、寿命も短い傾向があることがわかっています。これは一般的に非対称性は、病気、栄養不良、または遺伝子の不良の結果によって発生しているからです。

わかった。

要するに平均はいいということだ。
では、この平均と理想というパラドックスを経営やマーケティングという側面で考えるとどういうことになるのか?

ここで非常に悩んでしまうのですが、プロダクトデザインにしても、広告表原案にしても、平均を取ると「まずロクなものにならない」というのが、僕の経験です。

トヨタや日産でここ10年くらいの間に進められたデザイン改革の大きな柱の一つが、デザイナーと主査がまとめたデザイン案について承認する人の数を極端に減らす、という改革であったのも「脱平均化」という文脈で考えれば、デザイナーやターゲットの感性をよくわかっている主査が決めたデザインなら、外野があれこれ文句を付けて角を丸める様なことはしない様にする、ということだと考えられます。

なんで、通常の広告表現やプロダクトに関しては、平均の嗜好を取ると駄目なものが出来上がるのか?恐らく、問題になってくるのは人間の美醜を判断する能力ほどには、表現やプロダクトの美醜を判断する能力が鍛えられていない、ということなのでしょう。

広告表現やプロダクトデザインについて、好みの平均を選択して真に良い物が生み出される社会を作るためには、最終的には一般の消費者の美意識を鍛えるしかないということでしょう。




No comments:

Post a Comment